命の言葉

論壇        ヨハネの手紙1、緒論      11/11/2018

ペトロの手紙の連続講解説教が終わりました。引き続いてヨハネの手紙1を学びます。この手紙にはパウロ書簡、ペトロ書簡のように「・・から・・へ」という署名がありません。しかし冒頭で「見たもの、聞いたもの」を伝えるのだと3回も繰り返しています。つまり著者はイエスを「よく見て」「触れた」目撃証人だと言っています。また「子どもたちよ」と何度もよびかけていますが、このように言えるのは相当の権威を持った人物です。それで教会は伝統的に、この手紙の著者を使徒ヨハネとしてきました。

手紙の執筆目的について著者は「これらのことを書くのは」と言って三つあげています。①「わたしたちの喜びが満ちあふれるようになるため」(1:4)、②「あなたがたが罪を犯さないようになるため」(2:1)、「永遠の命を得ていることを悟らせたいから」(5:13)。

執筆事情については「今や多くの反キリストが現れています」(2:18-27)と、教会の中に異端の思想を持ち込む者がいたことが分かります。これをヨハネは「偽預言者、偽りの霊、反キリストの霊、人を惑わす霊」と呼びます(4:1、3、6)。この異端の特徴は「イエス・キリストが肉となって来られた」(4:2)ことを否定しますが、キリスト教史では1~2世紀にかけて「ケリントス派」という異端が登場しました。

この派は、イエスは普通の誕生によって生まれたが、他の誰よりも正しく賢かった。イエスが洗礼を受けた時、神キリストが人間イエスに降臨した。このキリストは十字架の直前に神の元に帰ったので、受難したのはただの人間イエスだった。キリストはイエスの上に「仮に現れた」だけだった(仮現論)。キリストが悪である肉体を取るはずがない。神が人間によって殺されることなど有り得ない、と主張します。

2世紀になるとグノーシスという思想が現れます。これは悪である物質と善である霊(知識)の二元論です。世界に悪が存在する理由は、至高者なる神から次々と流出した最末端の創造者デミウルゴスという神によって造られたからだ。人間の魂(精神)は肉体という牢獄の中に閉じ込められているから、魂は知識(グノーシス)によって解放されねばならない。この知識は密儀の光によって与えられ、人は霊的人物となる。この光に浴しない者は動物的生活の中にうごめくしかない。霊的人物になるためにはグノーシスの訓練を受けねばならない。  ヨハネが相手としたのは、このグノーシスの初期段階の異端だったのでしょう。

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