論壇: 書評『捨てられる宗教』 9/13/2020
表題の本が評判になっているというので読んでみました。著者は島田裕巳(1953年生まれ、宗教学者)、過去に『葬式はいらない』(2010年)という本で有名になった人だそうです。この本の副題は「葬式、墓、戒名を捨てた日本人の末路」です。
著者は文化庁が毎年発行する『宗教年鑑』の1988年版と2019年版を比較し、日本の諸宗教がこの30年間、数字の上でどう変化したのかを調べます。すると驚くべきことに、神道系宗教で1600万人、仏教系宗教で4000万人もの人数が減っている。その理由は何だろうかと考察を始めます。(因みに、キリスト教系は89万人から95万人に増えている)
日本の宗教人数が最も増えたのは1989年、バブル経済絶頂期で、総合計は1億9185万人です。日本の人口より多いのは、神社とお寺にお参りする人を別々に数えるからです。
日本が総じて貧乏で、平均寿命が60歳程度と短い時代は、死後の世界が身近に見えた。結核などの治癒不可能な病気が多かった。現世が苦しい世界だから宗教に頼った。創価学会はバブル経済の伸びと同じように伸びた。それは現世利益追求の宗教だったからだ。
日本人の死生観は平均寿命が短い時代は「いつまで生きるかわからない」で、苦しい現世からより良い来世への希望が信仰のもとであった。しかし今や「人生110歳」と呼ばれるような高齢化社会になり、「死がスケジュールに組み込まれた人生」となった。このような「そこそこ満ち足りた」現代では寿命を持て余し、来世への期待などいらなくなった・・と分析します。さて私たちはどう考えたらよいでしょうか。
高齢化時代になりましたが死亡者は増え、火葬場は大混雑という事態になっています。2019年の死亡者は137万人と、最高の「多死社会」になりました。しかし多くの死者は知られずに死んでいきます。それは孤独死、家族葬、直送という形態が当たり前になったからです。高齢者は社会とのつながりもありません。葬儀が簡素化されることは宗教が遠のくことです。さらに「死」を自分の目で見る機会が減りました。
聖書は死を直視します。命は造られたもの、魂は神様のものです。この世の諸宗教は「ご利益宗教」と呼ばれるとおり、自分中心、自分の利益のためです。人生の彩り、哲学、人生観、ファッションに過ぎません。
「人の主な目的は、神の栄光をあらわし、永遠に神を喜ぶこと」(ウエストミンスター小教理問答1問)です。「死んだらどうなるか」に明確な答えを与えられない宗教に価値があるはずはありません。この本は買ってまで読む価値はありませんから、教会図書に献本しておきます。